ミニシュナ coalと青い空

多発性のう胞腎、脳手術後遺症と闘った義母の記録と、愛犬とのドタバタ田舎暮らしの日々☆

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四十九日 

2009.07.08

月曜日は義母の四十九日でした。
ところで四十九日ってどんな意味があるの??

っていうことで調べてみると…
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旅立ち… 

2009.06.05

それは5月19日の早朝でした。


記録…

食事と飲水がストップされたのが4月22日。その3日後に肝機能の悪化により黄疸がでる。

首からの胃ろうを考えるも、血が止まらない(固まらない)ので手術自体が危険との判断により断念。→4月30日、右太ももの血管から栄養を入れ始める。

5月に入ってから、黄疸を軽くするために ビリルビンの吸着(この色素が体中にまわってしまい黄色になる)、血しょう交換をおこなう。根本解決にはならない、あくまで時間稼ぎとのこと。

5月14日午前0時30分頃、病院から呼び出しを受ける。
血圧の著しい低下、脈が弱いとのこと。血圧を上げる強い薬を使って、持ちこたえる。

血圧が下がって、透析が十分にできなくなる(上が50程度に突然、スコーンと下がる)。
基準の7倍もの昇圧薬を使っている。これ以上は増やせないとのこと。


5月初旬は時々意識がはっきりして、息子(旦那)の顔を目に焼き付けるかのごとく、長い時間じーっと見つめていた。

だけど、血圧が低下してからは目をあけるが焦点があわず、見えてない様子。声には反応する時が多い。

聴覚と皮膚感覚は残されていると感じた。複雑な意味は伝わらなくても、声の調子や体の触れかたで気持ちを伝えた。手を握ることで会話ができることを初めて知った。孫たちみんなに必ず手を握ってもらった。ほんの数回だが義母も握り返してくれた。

母の日には、さんざん悩んで、素材のいいタオルケットを買った。最期の時まで義母の体を覆っていた。そして長くできてなかった、顔そりをして化粧水と乳液を塗布した。義母は口を閉じて、少しよそいきの顔をしていた。

5月17日は日曜日で、偶然にも孫たちが義母の病室に勢ぞろいした。2歳から11歳まで4人。義母が妹のように可愛がっていたおばさんも来た。実の娘に嫁2人、義父もいたので大人4人に子供4人。個室とはいえ、迷惑にならないかと思うくらい賑やかだった。

義母は大好きな人たちに囲まれて、刺激が入って、回復の兆しが見えたように思った。唾をゴックンと飲んだり、口の中の異物(唇の皮)をプップッと出そうとしたりしていて、嬉しかった。

夕方仕事を終えて合流した旦那くんと、今日は大丈夫だろうと安心しながら、病院をあとにした。

その夜、5月18日午前3時30分頃、再度病院から呼び出し。
念のため、コールdogもつれて病院にむかう。


ハアッハアッと息遣いがあらく、肩で息をしている。
呼吸にも段階があり、下顎(かがく)呼吸というらしいことを、後で知った。
全力疾走をした後のようで、ひどく呼吸が困難な様子。

いつ逝ってもおかしくない様子。


それでもがんばってた。


家族が全員そろって、私たちの受け入れの準備ができるまで、がんばって待っててくれた。

怖かったのもあるだろう…。


「メソメソしててもおかーさんは喜ばないだろう。明るく話そう。」って旦那くんが言って、空気が変わった。義母の命が尽きる19日の早朝までの、丸1日、不思議な時間が流れた。


おかーさんの横で、たくさんの思い出話を聞かせてもらった。旦那くんの子供のころの話、おかーさんの結婚前の話…。冷たくなっていく義母の手を握りながら、みんなで時々笑ったりしてずーっと話していた。

コールも病院の駐車場で一緒だった。天気がよい日だったから、陽にあたって車内の温度が上がらないように、定期的に木陰に駐車スペースを変えた。きれいな夕陽の中、散歩した。


夕陽がきれいで、気持ちのいい風が吹いていたから、病室の窓を開けた。「おかーさんが見る、最後の太陽だね。」と旦那が言った。実際には、白目も黄疸でゼリー状に黄色く濁り、視覚はとっくに無かったけど、感じてくれればいいと思った。




病室に簡易ベッドを置いてもらったり、車内で仮眠をとったりして2晩目をむかえた。

よりいっそう苦しそうに呼吸をする義母に、みんながたくさんの声をかけた。「がんばれ」とも言えなくなっていた。「もういいよ。がんばんなくって、もういいよ。」って思った。ただ、ありがとうとだけは伝えたかった。でも他の家族がいるとつい遠慮してしまう。嫁だし…

数日前に義母と2人だけの時に、恥ずかしかったけどちゃんと伝えなきゃと思って、がんばって感謝の気持ちを伝えていてよかったと思った。(私は上手く心情を口にできないタイプ)

ほとんど反応を示さなくなっていた義母が、手を握り返してくれて、何も映さないはずの瞳で優しく見つめてくれたように感じて、驚いた。




そうこうしている間に、深夜ひともんちゃくが起きて(これは旦那くんに直接聞いてね)

みんなが落ち着いたのを見計らったようなタイミングで、最期の時がきた。


5月19日の午前4時12分。


義母の実子3人とその嫁2人と、自分の旦那さんに看取られて旅立っていった。


看護師さんに義母の体を拭いてもらってる間、家族でデイルームに座った。朝陽の中、みんな泣きはらした顔でそれでも不思議な充足感があった。



20日は大安だったから、通夜が1日延びて、義母があんなに帰りたがっていた自宅で19日と20日の両日ゆっくりすることができた。

苦しかったはずなのに、穏やかできれいな顔をしていた。黄疸も消えていた。

5月の、頬をくすぐるような、優しくて気持ちのいい風が吹き抜けた。おかーさんの風だと感じた。



5月21日通夜、22日告別式と忙しくすごし、その後ひどい風邪をひいてしまった。



やっと体も復調してきた。


私も旦那くんも、あんなに頼りにしてたおかーさんの いない世界に歩きださなくてはならない。

私たちは、まだまだこれから。

たくさんの試練も乗り越えなくてはならないだろう。
辛いことも、楽しいこともたくさん経験しよう。

おかーさんみたいに、強くて優しい人にならなきゃ。
あの世で会えないと困るからね。






記録 

2009.04.29

かなりハードな状況だけど、大切な記録として残していこうと思う。

3月後半から、嚥下(飲み込み)能力が低下。歯磨きやうがいができなくなる。
自力での摂食が困難になる。→食事全介助 (夕食時は家族の誰かが来るように病院から要請を受ける)

4月 額の再手術を受ける。食欲がなくなる。1口2口しか食べなくなる。透析以外はベッドで寝たきり。発話なし。家族が介助するとがんばって食べる。
嚥下が困難なようで、いつまでも咀嚼を続ける。吸いのみで水と一緒になんとか飲み込んでもらう。

口や舌をうまく動かせず、奥歯と頬の間などに食べ物がたまる。食後の口腔ケアが重要になってくる。(異物が残ると、排出できずに気管や肺に入ってしまい誤嚥性肺炎になってしまう)

忙しい看護師ではやりきらないのか、義母の口腔内に食べカスや薬!が残っているのを目にする。

4月21日 ついに食事ストップとなる。自力で食べなくなった時点で食事をとめるのが普通と
説明される。家族としては口からちゃんとご飯を食べることにこだわりたいのに…危険が大きすぎるとのこと。

数日後 飲水も禁止になる。以降、点滴での水分補給を続けていく。

4月25日 肝機能悪化のため、黄疸がでる。多発性のう胞(腎臓と肝臓に水の袋がたくさんできてる)のため、肝臓にできたのう胞が胆汁の流れを遮断したため。
強い浮腫(むくみ) 右手が異様に腫れあがる。足が象の足みたいになる。




4月27日 医師と今後の相談をする。最も消極的な方法として、このまま点滴だけ続けると2、3週間で亡くなる。それでも誰も何も言わないと言われ愕然とする。

とんでもない!! 

でも少しでも永らえてほしいと願うのも家族のエゴなのか…


点滴のみ中心静脈栄養(首や足のつけねの血管から栄養を入れる)か、胃ろう(胃に穴を開けて、栄養を入れる)ただし、義母の場合のう胞ができすぎて腹がパンパンなので、腹部ではなく首に穴をあける…この3つの方法があるとのこと。


もしかしたら、万が一にでも、胆汁の流れをとめている のう胞がつぶれたり、動いたりして胆汁が流れ始めて、また肝臓を満たしてくれるようになるかも分からない。(本来肝臓は胆汁でヒタヒタになってるそう)

胃ろう(首)の増設をお願いした。


これ以上、義母の体を傷つけるのは、抵抗がある。でも、まだ生き続けてほしい。

だってまだ声をかけると反応してくれるし、はいといいえは微かに頭を動かして表してくれる。
手だって握れば分かってくれる。そしてその手はあたたかい。

ベッドの上で懸命に生きてる、その姿で私たちに大切なことを教えてくれているように感じる。


多発性のう胞腎の家系に生まれ、早くに父母を亡くし、農業と仕事を両立させながら、婚家の義父母を看取り、3人の子供を育て上げ、やっと定年を迎えたと思ったら、腎不全により人工透析、以降さまざまな困難が降りかかってきて、それでもなお生きながらえてる彼女には、ほんとに心の底から敬服する。強い人だと思う。


私も強くなりたい。




テーマ : 認知症の介護 - ジャンル : 福祉・ボランティア

近況 

2009.03.23

今日は仕事がお休みだけど、強風のため引きこもり中…
今春は花粉症が強くでて、すっかりインドア派になりつつあります。

せっかくだから、義母の最近の様子を記録しとこうφ(..)メモメモ

看護師さん達が患者さんの状況を言うのに、上がる下がるで話しているのを以前聞いたことがあります。それで言うと、残念ながら義母の状態は、確実に下がっています。







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お友達 

2009.03.06

ちーっちゃいお店を営んでいる私たち。なんとか確定申告が終わって、ほ~っとしました(^_^;)

個人事業主は自分で所得を申告してはじめて課税されるわけで、とっても大事な業務なんだけど、経理知識の乏しい私には、毎年心に重ーくのしかかる 面倒な 責任あるお仕事焦る3

毎年、無事に終わると近くのデパートによって帰るのが楽しみ。

今年は可愛いもの見つけましたにっこり



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犬(ミニシュナ5歳)と花と読書の日々
(注;ほとんど犬)をおくる、
30代草食系主婦。
もっか栃木弁習得中(笑)

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